現在志茂一丁目自治会が使用している志茂西ふれあい館は残念ながら今もって真の一丁目の会館にはなっていません。この会館の出来たいきさつに関し、ゴミ焼場建設反対運動を主導し志茂一丁目自治会の名誉会長に推挙された埴原小次郎氏の手記を掲載しました。
先人たちがいかに苦労してこの会館を建てたか知っていただきたい。そして真の一丁目の会館にするため、この町の住民の皆さんには自治会役員の今後の発言に耳を傾けていただきたいのです。 さらに、山田区長をはじめ区職員の皆さん、各会派の区議会議員の皆さんにこの事実をお知らせしたいのです。

「志茂区民会館はどうしてできたか」
ゴミ焼き場設置反対期成同盟事務局長 埴原小次郎
昭和36年は、私共志茂一丁目に居住する住民にとっては生涯忘れようとして忘れることの出来ない喜怒哀楽の闘い10年への第1年目の年でありました。又、住民の中からゴミ焼場賛成の人も現れる政治的支配と策謀、そして妨害の激しい中で巨大な都・区権力とゴミ焼場設置反対期成同盟は地元11自治会を主体として、近藤忠孝・鳥生忠佑・雁屋その他多数の弁護団の協力を得て東頑迷都政と10年闘争をやり抜いたのであります。
公害裁判6年の法廷闘争中43年8月杉本裁判長の和解勧告により都と10回に及ぶ和解交渉の結果血涙をのんで厳しい協定書を都に承諾せしめてここに第二次協定は昭和45年5月11日調印成立したのであります。又、和解の一つの条件として都は反対同盟に1500万円を事務所建設費として支出すること決定していた。ところが、この約束は都と交渉中で反対同盟も連合体である自治会も法人格をもっていないので建物の取得者として困ったことは、第一に所有権の登記が出来ないことであった。従って都と話し合った結果、止む無く建物をつくる費用1500万円はひとまず区へ流し込むことに区とも合意に達したので、都は区へ約束通り送金預託したのである。ところが、区と志茂公園に会館、事務所建設に就いて話し合いを進めたるも建設に就いての難点は第一に緑地指定公園であるから、この指定解除の許可を取ることも大変手続き上難しいのと、公園に会館、事務所建設は困難である等、加えて議員52名中にはゴミ焼場設置に賛成し妨害した議員が政治的に大勢いたので、公園に会館をつくることに反対する議員多数のため52名全員の賛成を得ることは難事中の難事であった。然し町の人たちは詳しく議会の内幕や各派の様子を説明してもなかなか判らない。そしてその念願は多年に亘って強く求めていた自分たちの会館をつくりたい、それがゴミ焼場が出来たため、立派な「会館」をつくる資金を募金し銀行に預けていながら、反対闘争10年の歳月のズレにより、物価は高騰し金の価値は下落して会館が作れなくなってしまったのであります。
そして俺たちの町にも会館が欲しいという素朴な願いは、ゴミ焼場反対運動に投入した山のような犠牲と、都と区行政の不法からくるビン乱に対し爆発的な要求となって会館を住民のため早く作れと都と区に反対同盟は要求を強めた。いつも都は清掃工場の設置について~無公害~を主張するのに対して反対同盟~燃焼するところに必ず公害在り~と常に対立した。かかる状態の中で区議会、区長の同意を得るため1年有半をついやして漸く昭和44年12月の定例区議会で志茂公園に仮称志茂区民会館の建設費1500万円が初めて予算化したのであります。そして木造だ、鉄筋だとこの町を混乱させる建築士連中が事実と全く反するデマを流して地元住民を迷わせ、更に悪質なものは某議員の話として、会館は来年4月の区議選が終わらなければつくらせないと悪質なデマが横行し町の人達を心配させたのである。このように住民不安の中で私は都と区長との交渉を続けたのであります。当時自治会の事務所を会館内に併設する計画で話し合いは進められたのであるが、敷地の関係と建物の大きさ等で区の考えている児童室を3階に併設すれば2階が圧縮されて自治会の事務所を取る予定の部屋がなくなり、今の館長室は狭あいであるが、他にない時はこの部屋を事務所に使うことも止むなしと考えたが、建坪不足と資金の不足に追い込まれた。区は1銭も出さない。結局私が反対同盟を代表して会館建設資金の不足分2000万円を追加支出させるべく清掃局、財務局を訪問交渉すること10数回、要求やら陳情に心魂を打ち込んで闘い、粘りに粘って昭和45年3月の北区定例議会に2000万円が漸く提案可決されたのであります。従って、志茂区民会館の建設費並びに冷暖房設備、備品等一切都支出金3000万円を支出せしめ長沢工務店が請け負い、同年11月完成したのであります。
志茂区民館の落成式は、志茂一丁目自治会の主催で都と区を招請して昭和47年1月11日に花火を打上げ、獅子舞と太鼓(荒馬座)で盛大なそして素朴な祝意の宴会が住民の手で催されたのであります。会館の使用は1月14日から受付を開始したのであります。
出典 『志茂1丁目自治会会員名簿』平成2年1月発行
尚、埴原小次郎氏の文章の中理解しにくい文言があり、この部分は理解しやすいように一部書き直しました。