戦前志茂1丁目には短い期間でしたが私立の幼稚園がありました。
昭和11年に創立した旭幼稚園です。それまでは大正15年に創立した岩淵幼稚園(現明照幼稚園)が赤羽・岩淵・志茂・神谷・稲付地域での唯一の幼稚園でした。
旭幼稚園の場所は志茂町1丁目1014番地(現志茂1-27-14~16付近)にありました。
園長は藤村タマ子さんです。この地域に幼稚園が無かったので、近隣から多くの子供たちが入園しました。志茂町1~3丁目(現1~5丁目)、稲付町1丁目、神谷町1,2丁目から通ってきていたことが、当時の卒園名簿から判ります。
旭幼稚園の入り口は根村用水がここで折れ曲がって現2丁目側に行く角にあったことが当時の写真からわかります。

また、当時の園児たちが端午の節句を祝う小さな鯉のぼりを掲げた写真と卒園の時の記念写真と思われる写真を次に掲げます。


この写真の園児のなかには白根幸一郎さん(米店店主)、牧野真治さん(1丁目神社総代)がおられました。神谷から来園されていた内山光弘さんはご存命で篆刻・書道に親しんでおられます。
旭幼稚園は他の幼稚園と同じように、空襲が激化した昭和19年4月に、東京都が次長名で各区長あて「公私立幼稚園非常措置に関する件」の通牒をだし、保育事業を休止せざるを得ない事態に至ったとして、都内の全幼稚園の休園措置を命じました。
岩淵幼稚園は戦後明照幼稚園として再興されましたが、旭幼稚園はそのまま廃園となりました。白根さんは戦後、かって園長だった藤村タマ子さんと再会し、旧交を温めたとお聞きしました。
参考資料:北区史、昭和26年11月発行
写真と卒園名簿は著者蔵